「白潟街歩き」パート3
小汀 泰久 |
2010.12.18
「白潟街歩き」パート3をアップします。
今日は、街歩きコース2の「商売繁盛と開運おかげコース」です。
「街歩き」のガイドブック4Pと5PをPDFにより紹介します。
スタートは、1のコースと同じスティックビルです。スティックビルの
南側の通りを「伊予屋小路」というのですが、ここを東に歩きます。
宗泉寺の前を通って右手に風流堂寺町店を過ぎると日蓮宗久成寺
が見えてきます。
ここの山門の前には、このような来待石の標柱があります。
「日本のスポーツの父」といわれる「岸 清一博士」の墓
「打出の小づちを振る男」といわれた「村上喜一郎」の墓
の案内標柱です。
先日の公民館での「街歩き」の会で「村上喜一郎氏の墓を3回なでると
宝くじが当たる!!」との仮説が披露されておりましたが、それが
この久成寺の墓所にあることが分かりました。
本堂の左側に墓所があり手前から奥へ捜しました。 ありました。
写真をクリックしていただきますと大きくなります。
村上家のお墓を撮っていたら合銀のビルが背景に!!
「宝くじ」の話は「まんざらでもないかな~~」
久成寺を出て順路に従って長満寺に向いました。
正面が長満寺ですがこの通りの中ほどに右の写真の側溝がありました。
街中の「側溝の水のきれいさ」に驚愕しました。ニナ貝も見えましたが
「素晴らしい発見」でした。 嬉しくなります。
長満寺の山門です。右の小路が先ほどの「清流」があったところです。
山門を入ると直ぐ左の自転車小屋の袖にこのような案内看板あり。
本堂の左側から裏側に続くお墓を捜してしると丁度、本堂の真裏近くに
西田家のお墓を発見!! 「光心院賢道日輝居士」明治三十年三月
十五日 俗名千太郎 とありました。
長満寺様のご紹介は、改めて当社HP「山陰のお寺」シリーズで紹介し
ます。 小林住職さまは、当社で開催をしております「求法の会」の
代表世話人であり、大変お世話になっています。「小林 如泥作のは
しご」の話は、その時にご住職にインタビューをさせていただきます。
長満寺の山門を順路に従って歩くと突き当りに妙興寺の山門、そして右に
曲がると左手に「善導寺横丁」という来待石の標柱があります。順路に
進むと
「平成の合銀城」が正面に見えてきます。通りに出ると右手には大橋川が
見えてきます。散歩ついでによく「寄り道」をします「テテ・ド・ババール」
(昼間は、休みです)があります。
順路に従い「座頭小路」を進むと左手に駐車場横にこのような大きな蔵
があります。昔の「廻船問屋」の蔵と思えますが何棟かそれらしき建物が
この小路の中にありました。これも新しい発見です!!
順路に沿って白潟本町を大橋の南詰めに向います。
八軒屋の「源助柱記念碑」の様子です。自然石の大きな椅子が設置
してあります。昼間は、車。夜の散歩は、暗い。のでこの様子は正直
今日初めて知りました。
ちょっと長くなりましたのでパート3はここで中断。次回に回します。










