「日本の美しい心」
小汀 泰久 |
2011.02.17
唐突ですが、当社のキャッチフレーズ「日本の美しい心」について
紹介します。
先日来、ちょっとした理由により、店内の整理整頓を「徹底的に」
実施しました。その折に色々なものが出てきたうちのひとつが、
これです。
中国の日中友好協会副会長
をされていた<孫 平化>と
いう方の揮毫による当社の
キャッチフレ-ズ「日本の美
しい心」です。
<孫 平化>については、HPからの紹介に代えます。
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E5%AD%AB%E5%B9%B3%E5%8C%96/
何故、この孫 平化氏に一企業のキャッチフレーズの揮毫を依頼することが
できたのか? でありますが、当社先代社長 故 原田 庄七は、日中国交
回復前に青年会議所の山陰ブロック会長をしている時に鳥取出身の古井 喜
実代議士のお世話で会員とともに「中国訪問団」を結成して訪中をしておりま
す。その時以来の「友人」として昭和60年に来県のおりに揮毫して頂いたもの
であります。
この「日本の美しい心」は、元々は、「日本人の美しい心」でありました。発案
者は、現在の当社社長 那須 康弘 です。私が入社をしました昭和50年の
8月には、今は移転してありませんが出雲市今市の高瀬川沿いの住宅兼店
舗のウインドウに金色の文字で大きく表示してありました。
松江店は、昭和50年の10月19日にオープンしていますが、私が「仏壇や」
になって2ヶ月余りで店を持たせていただき、25歳の時から「店長」として現
在まで36年間、松江店を任せられております。
現在は、営業広告のみの新聞広告にしておりますが昭和50年の大晦日の
中央新報1面の下段3段抜きで「出雲観音霊場の紹介」を毎週してゆきます
との予告を出して翌、昭和51年から毎週土曜日に霊場の紹介、お寺の行事
紹介を平成7~8年ごろまで20年余り続けて参りました。
一番最初は、当時の一畑寺管長 故 飯塚 幸謙師のおことばと
地図を掲載しました。(レイアウト、地図は、私が作成したものです)
このフォーマットで20年以上、中央新報の一面に出ました。
この記事については、昭和63年5月12日の中央新報18面に「新聞
と私」という欄に当時、島根女子短大助教授であられた高橋憲二先生
が下記のような評価を頂いております。
この高橋先生にも昨年、縁あって当社から立派なお仏壇をお納めさせて
頂いております。
この2冊の冊子は同様に見えますが、左は「出雲霊場」、右は「石見霊場」
で昭和52年と昭和54年に作製したものです。このように新聞紙上に掲載
が終わるとダイジェスト版として一冊の冊子にしてご希望の方に配布しまし
た。この冊子は、掲載日の「一面の記事がそのまま」印刷してあり、随分
喜んでいただきました。
最近では、安倍 晋三 内閣総理大臣就任の時にクローズアップされました。
クリックしていただきますと写真が大きくなります。
島根日日新聞の一面「島根調」の記事です。一年でなく、この人がもう
少し頑張ってくれていたらいろんな意味で「日本も、ここまで~~~」
にならなかったかもしれません。 残念であります!!
ちょっと方向性が狂ってしまいましたが「日本の美しい心」について
昔を懐かしく思い出しながら出てきて資料を基に回顧いたしました。










