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「小泉 凡」名前の云われ

投稿者 小汀 泰久イメージ 小汀 泰久 | 投稿日 2011.10.22

昨日の松江商工会議所女性会創立50周年記念講演は、

島根県立大学短期学部教授 「小泉 凡」先生の

「小泉 八雲が出会った女性たち~語り部の系譜~」という

演題の話でした。  とても興味深いものでした。

 

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最初から「ヘーッ」と感心することばかりのお話でありました。

終戦後、占領軍主体で定められたといわれている日本国憲法での

<天皇陛下を国家の象徴>に進言をしたボナ・フェラーズ(マッカー

サー元帥の軍事顧問をつとめた人)という人がいます。

  下に紹介のHPを貼り付けておきます。

http://www.seisaku-center.net/modules/wordpress/index.php?p=495

 

なんと、ある面で戦後の日本を救ったのは、「小泉 八雲」であったの

です。  このことを知っただけでも「女性会のお祝い」に行って良かった。

 

このボナ・フェラーズは、「凡」先生の祖父である「小泉 一雄」氏と親し

い友人で、この「ボナ」から「凡」という名前がついたとのことでありました。

 

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そのあと演題の通り、ハーンが関わった女性が母親、乳母キャサリン

アメリカでの最初の女性マティー・フォーリーを流石に<身内>でなけ

れば知りえないエピソードを混じえながらお話が進んで行きました。

 

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小泉家の家紋「鷺(さぎ)」この曰く話も興味あるものでした。

 

ニーオリンズ・ニューヨークにおける<永遠の心の恋人>

エリザベス・ビスランドという女性は、東京で「凡」先生が育った家に

大きな写真があり「この人は、どのような人で、何故ここに飾ってある

のだろう?と思っていた」方で当時、小泉家は生活が決して豊かでな

かった時にこの女性がハーンについて書き残した本の印税が「小泉

家」に入るようにしてくれて大変に生活の支えになったそうです。

 

「マルティニーク=女中シシリアから聞いたゾンビの話」でのシシリア

から聞いた話が、その後の執筆活動に影響を与えた。

 

そして、「小泉 セツ」当時の二人の関係はもちろん家庭での言葉の

やり取りまで本当にこと細かくお話を頂きました。

 

「小泉八雲」がわずか1年数ヶ月しか松江に滞在していないのに松江

周辺を隠岐も含め自ら訪問して小説やその他の題材にしていますが

元々大変な文才があったでしょうが紹介された<語り部>的な能力

の高かかった女性たちから受けた影響であったことは間違いないと

感じました。

 

 

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会場を出るときに前庭から市内を撮りましたが

「小泉 八雲」が現在の松江に滞在したら、

その後どのようになったでしょうか‥‥‥?

 

松江商工会議所女性会の皆様、おめでとうございました。

この貴重な経験をさせて頂きましたこと心から感謝申し上げます。

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