白潟歴史まち歩き楽会 第2回 「来迎寺」見学楽習会
小汀 泰久 |
2012.05.12
「白潟歴史まち歩き楽会」の今年度2回目の楽習会が今日、10時から
12時まで天神町の天神さん北側の浄土宗「来迎寺」で開催されました。
今日は、天気が心配されましたが思いのほか好天で、受付を今回も
受け賜っていましたが本堂前に会議テーブルを「白潟ハウス」から
持ってきて、今回新しく「江友」から吉田さんが加わって頂き受付業
務をしました。
本堂左手には、地蔵さまが祀ってあり、その後ろは檀家のお墓です。
本堂のご拝には、珍しい流木を利用した山号額が~~。 「海中山」。
本堂の内陣は、本尊上の紅梁の特徴のある造りで、浄土宗らしく
阿弥陀三尊像が祀ってあります。 荘厳はシンプルでありました。
受付では、これほどと思っていませんでしたが、このように多数の参加
者で皆さんの関心の高さが伺えます。
楽会を代表して今井さんがご挨拶をされ、早速本日の講師のお一人
当山のご住職様の内田師が自己紹介の後、「来迎寺」の」由来を約
30分お話になりました。
続いて、このお寺の総代長であり、島根大学の教授をされていた植物
学者で歴史家としても活躍されています吉野蕃人先生から、檀家の一人
として前住職から「総代長」を依頼された時の経緯や子供時代からの
菩提寺についての印象、総代長を受けてからの秘話をご披露頂きました。
檀家の皆さんに「来迎寺」を知っていただくために「新聞」を作成、その記
事をもとに説明頂きました。 とても興味深いものでありました。
お話で紹介されたご本尊様の裏側の壁面に漆塗りの扉があり、その
中に「お釈迦さまと十六善神」の掛け軸をご説明頂きました。
扉で秘仏のような管理がされていて極彩色の色が鮮やかに残っている
素晴らしい仏画でありました。
さらに本堂天井には、このように龍の絵があり、見事な迫力のある
天井画でした。 お寺の天井や襖に「龍」が書いてあるのは、
後々まで仏の教えを授かるのにふさわしく、お寺を火災から守って
くれるということからのようです。作者は、吉野先生の調べにより、
藤原忠善とありますが、実際には、松本歓吾という檀家の子息で
20歳頃に書いたものようです。
こうした「十六善神」や「天井画の龍」が残っているのも江戸時代の
松江藩九代藩主松平斎貴(なりたけ)の一番、藩財政が豊かな時代
であったことのようです。
流石に、お寺らしく額装の書も沢山ありました。
皆さん、お帰りの時に異口同音に「良かったね、このお寺は、初めて上が
らしてもらって良かった」とのことでした。
吉野先生のお話にもありましたが、前住職様がお寺を開放されていなかっ
たために檀家の方も様子が分からなかったようです。
吉野先生のお話の後、飛び入りで聴講の近所の松林さんが、境内の地
蔵さんのお祭りについて、昔はとても賑やかであったことが説明され、
最後に「白潟歴史まち歩き楽会」を代表して仁田事務局長が、皆様に
御礼の挨拶をして終了しました。
今回から緑色のジャンバーが作成され、楽会のメンバーは着用しました。
いずれにしてもこうした地域の歴史を勉強しようとする仲間の会である
「白潟歴史まち歩き楽会」の企画で広く檀家さまのみならず「来迎寺」さまの
紹介がなされることは、とてもいいことと感じました。









