「提灯供養」
2010.07.03
当社では、10数年前から古くなった盆提灯の「提灯供養」をしています。
今年も、斐川町阿宮の真言宗 延命寺(住職 福田 快宥師)において
7月15日(木)午前9時から実施します。

これは、当社の営業会議のなかでの意見交換で発案されたもので
「盆提灯の商売」をしているなかで、新しい提灯を販売するだけでなく
古くなって処分に困っていらっしゃる提灯をご供養させていただこうと
始めた行事です。 20年近くになりますがNHKはじめ中央新報など
TVや新聞にも毎年、「夏の風物詩」として報道されております。

この行事は、7月10日までに仏壇の原田各店にお持ちいただきました
提灯を前日、会所であります延命寺様に集め写真のように会場準備を
いたします。

当日は、福田ご住職様と若さんの副住職さまの読経と功徳主様の
住所、氏名が読み上げられる中、柴燈護摩の壇に「山伏作法」に
より、点火されます。


いよいよ「壇」の火が燃え上がり、福田住職さまが提灯を「お炊き上げ」
をされてゆきます。

この法要は、会場にお越しいただきますればどなたでも参加できます。
7月15日(木)の午前9時までに斐川町阿宮の真言宗 延命寺様
国道9号線の「神立橋」の東詰めに「案内看板」(電柱)があります。
詳細は、グーグル地図をは貼り付けておきますので参照下さいませ。
是非、たくさんのお参りがありますようお待ち申し上げております。
「家紋入り提灯」パート2
2010.06.26
前回のパート1は、絹張りの提灯の家紋描きでしたが
今回は、二重の火袋の中の和紙の火袋に家紋を描くことを紹介します。

提灯の火袋の枠を外します。

中袋をこのようにして外します。

パート1と同様に家紋を描いた中袋
外の絹の火袋に紋を描いた火袋をこのようにして中に入れます。

この状態から上下の枠を再び取り付けて完成です。
私は、この「家紋描き」をして27年になりますが
この間に6000個くらいは、描いたと思います。
「型紙」のコレクションは、4冊のファイルにいっぱいです。
「私の財産」です。

「家紋入り提灯」パート1
2010.06.14
盆提灯の季節になりました。
当社では、自社で総ての家紋を私が手書きで書いています。
今日は、その「家紋書き」のパート1として「絹張り」の提灯に
家紋を書いてゆく手順をご紹介いたします。

はじめに、提灯を二本の棒で目いっぱい伸ばします。


形紙を台紙から外し、スプレーのりを噴射して提灯の内側から貼り付けます。
内側から透き通って見える線を丁寧に絵取ってゆきます。

線描きが終わると「薄墨」でこれも線をはみ出さないように慎重に塗ります。(この時は、呼吸を止めて塗ることもあります)

これで、「仕上がりです」
この工程が約1時間半です。
この絹張りは、「紙張り」に比べると早く仕上がります。
次回は、2重の内袋の「和紙」に書く要領をご紹介します。
「斐伊川和紙」の提灯
2010.06.07
当社では、平成5年から「オリジナル提灯」として
「斐伊川和紙シリーズ」の販売をしています。
この「斐伊川和紙」と申しますのは、斐伊川の上流
三刀屋の上熊谷で「手漉き和紙」の工房を経営されています
井谷 岩夫、伸次さんという親子二代の和紙職人が精魂こめて
漉かれた『和紙』であります。
ご縁があってお仏壇を納めさせていただき、色々お話をしている時に
提灯は、「美濃和紙」の産地である岐阜が産地の中心である。
「斐伊川和紙」も「美濃和紙」に負けない品質で最近、東京他の
書画の先生」にも、ご贔屓頂いている。
などなどがヒントになり、試行錯誤の結果、思い付きから
3年後に商品化し、今日の「斐伊川和紙シリーズ」ができました。
一番最初の絵がこの「那須」であります。
昭和天皇が崩御され、その年のお盆に時の
宮内庁より「皇后陛下からの贈物」としての発注を
得て作製をした「那須のご用邸周辺の花」を描いた
提灯が目にとまり、懇願をして書いていただいたもの
です。現在の絵師はその弟子の方であります。
題材は、①赤花シモツケ草 ②浅間風露 ③松虫草
④蓮華升麻 (それぞれ昭和天皇が愛されたもの)
中袋は、桔梗を配置ししてあります。
普通の提灯は、火袋の前半分にしか絵が描いてありませんが
当社の「オリジナルシリーズ」は、総て裏側も含め
火袋全体に絵を描いておりますのも特徴であります。
この後も一週間に一度くらいのペースで『盆提灯特集』を
アップしてまいります。
